泡沫の転寝

黒汐楓のブログ。それでも日々を生きてゆく。

【創作】夏香

その頃わたしには、好きなひとがいた。

今でも鮮明に思い出せるくらいに、人生で一番、恋をしていた。

それはだけど、短い恋だった。

文字通り、一夏だけの、恋だった。

秋と冬の真ん中で、繋いだ手を離した。

あなたからは一度も、デートに誘ってくれなかったね。

何でもいいと、お金がないが口ぐせだった。

わたしはあなたの横顔を、今でもしっかり覚えている。

けれどもあなたの顔は、思い出せない。

あなたは素敵なひとを見つけて、一緒に暮らしていると聞きました。

会ったこともないけれど、その子にはこれからも、優しくしてあげてね。

わたしは死ぬまで、あの夏を、忘れないけれど。